健軍神社(熊本市)

熊本市内でもっとも古い?

熊本市内で指折りのビッグな神社、長い参道と立派な随神門、横長の二の鳥居が印象的。初詣の参拝客もとても多い。

また神前式や結婚式などの前撮りなどもよく見かける、ブライダル・フォトジェニックな神社でもあります。

個人的には立派な楼門(随神門)

から、出水方面に伸びる参道を眺めるのが結構好きなんです。

健軍神社はこんな神社です

御由緒

健軍神社

熊本市内で最古の神社と言われており。社伝によれば欽明天皇19年(558年)に阿蘇神社の大宮司が同神社を勧請して創祀し、異賊征伐の為に社号を「健軍」と称したといい、後に阿蘇四社の一として阿蘇神社の別宮とされた。

伝承の話だと、崇神天皇のころ益城の有力な豪族「土蜘蛛」が背くものだから、「健緒組」という神様に命じて討伐させたんだとか。

健緒組はそのお手柄に対して、火の君の性を賜ったとさ。この神様は、多氏の始祖などと兄弟と言われているので、この健緒組が有力な一族だったことは確かと言われています。

初期は「健軍宮(たけみやぐう)」や健軍村竹宮(たけみや)と呼ばれ、または十二社大明神とも称せられて、健軍荘(たけみやしょう)の産土神として祀られていたそうです。

明治6年(1873年)に郷社に列し、昭和以降「たけみや」が「けんぐん」と音読されるようになり、地域名も託麻郡健軍村から熊本市東区健軍町となった。まさにこの地域の基礎とも言える神社といえます。

阿蘇四社とは

阿蘇神社、健軍神社、甲佐神社、郡浦神社の四社

御祭神

健磐龍命、天御中主神、仲津彦神、仲津姫神、神渟名川耳命(綏靖天皇)、阿蘇津姫命、草部吉見神、速甕玉命、彦御子命、比咩御子命、新彦命、若比咩命、若比古命、新比売命、弥比咩命等を祀るが(天御中主神、仲津彦神、仲津姫神の3柱以外は全て阿蘇神社祭神)、もともとは境内にある国造社の神、火(肥)国造 の祖である健緒組(たけおくみ。健緒純にも作る)と見る説もある。

健緒組は『肥前国風土記』や『肥後国風土記』逸文によれば景行天皇の時代に肥(火)君(ひのきみ)の姓を賜ったといい、『国造本紀』によれば崇神天皇朝に火国造に定められたという。

阿蘇十二神とは

健磐龍命、阿蘇津姫命、神渟名川耳命、国造速瓶玉命、草部吉見神、比咩御子命、彦御子命、若比咩命、新彦命、新比咩命、若彦命、濔比咩命

境内社

  • 雨宮神社 – 雨宮大神
  • 美和神社 – 大物主大神、三穂津姫命、事代主命、猿田彦大神
  • 国造神社 – 速瓶玉命
  • 日吉神社 – 大山咋命、若山咋命
  • 天社神社 – 道君首名
  • 矢城神社 – 矢城山の山神、稲荷大明神、青龍龍神

御朱印

準備中

御利益

良縁祈願、学業成績、交通安全、厄除、地域守護、健康長寿

祭事

準備中

境内・参道

健軍神社
八丁馬場電停あたりまで伸びる参道

アクセス

〒862-0910 熊本県熊本市東区健軍本町13−1 駐車場あり