花畑公園・花畑屋敷跡・旧代継宮跡(熊本市中央区)

神社・お屋敷・公園

熊本市のど真ん中にある公園・史跡・神社跡。サクラマチクマモトや市役所、熊本城との連結部分にあるので、案外市民に親しまれてるんじゃないかと。オールクマモト的には神社跡ってのが一番のポイント。

代継神社跡として

現在は、熊本市北区龍田に鎮座する代継宮は、もともとこの花畑公園に鎮座しておりました。

村上天皇の御代、応和元年(961年)に肥後の国司として紀師信公が当国赴任の際、茶臼山南麗(現花畑公園)に、肥後の国の守護神として祀り、宮城の四隅に木を植えて四木宮と称したのが始まりとされています。完全にダジャレ。

その後、慶長七年(1602年)、加藤清正が茶臼山に熊本城を築城するにあたり、「尚城頭より見下ろすことは甚だ恐れ多し」として、本荘の地に遷座された。更に、寛永十四年(1637年)藩主・細川綱利が幼少にして襲封され、「これ一に神徳の加護によるもの」として、「四木宮」を「代継宮」と改称し、自筆の神号額を献奉。

現代に至り、白川改修工事に伴い、平成元年、現地(立田山東峰天拝山頂上)天を拝む山に社殿を造営して遷座しましたが、実に古社としての由緒がたまらない。

個人的には御神木のクスノキが印象的で非常に立派位。夕方の鳥が群がっているのは少し不気味だけども。

花畑屋敷跡

代継宮を本庄に遷宮した跡地に、加藤家・細川家の国許屋敷が作られ、藩政の中心地として重要な役割を果たしました。広大な敷地の中に能舞台を配し、敷地の南側に白川から水を引いた泉水と築山で構成された庭園が整備された格式と品格ある大名屋敷でした。

後に政務の中心の場となった屋敷の正門前の空間には参勤交代の際、藩主やその供をした人々の行列を送迎する場として機能。

古い資料には「御花畠」として記録があるそうです。

花畑公園

現在では、旧代継宮の範囲が花畑公園として残っているようで、大きなクスノキ(御神木)が緑陰をつくり、憩いの場を提供している。

花畑公園・花畑屋敷跡

アクセス

熊本市中央区花畑町6 駐車場はありません

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