上色見熊野座神社
kamishikimi kumano imasu shrine
上色見熊野座神社 は かみしきみくまのいますじんじゃ と読む。難しい。
「座」はもともと「坐」と書かれるべきなのか謎、また、「くまのざじんじゃ」と読ませる神社もある。神社によって字と読み方が変わるので少々厄介。参道はほぼ階段、両脇を無数の石燈籠が参拝客を拝殿・本殿まで導きます。 その神秘的な雰囲気は圧巻。
SNS映えするとか、エモいと人気を博している。
上色見熊野座神社 の 歴史・由緒
上色見熊野座神社 の創建は相当古く、紀州熊野より移したものと云われている。もともとの山岳信仰のある穿戸岩には穿戸社という小さな社がある。
これはは健磐龍命と鬼八の伝説によるもので、熊野神社としの歴史より古いようだ。
熊野信仰は鎌倉時代〜室町時代に修験者が広めたものというから、この神社もそのような背景を持っているのでしょう。いかにも修験者が好みそうな神秘的な静謐がここにはある。
長い歴史の中で、南郷の総鎮守として祭祀されてきましたが、従前の建物は天正年間に兵火により頽廃し、現在の物は享保七年(1722年)に建立されたもの。 徳川吉宗の時代ですね。
本堂の更に上には、健磐竜命(阿蘇神社の主神)の従者鬼八法師が蹴破ったといわれる縦横10メートル以上の大風穴・穿戸岩(うげといわ)があります。
上色見熊野座神社 の 御祭神
伊邪那岐命・伊邪那美命・石君大将軍
石君大将軍 = 健磐竜命 の荒魂ということらしいです。また神道における神の霊魂が持つ側面で、荒々しい面を荒魂といい一方で優しさの側面を和魂(にぎみたま)と呼ぶのだそうです。
また、地元の人々には「穿戸権現」として親しまれている。
穿戸権現
阿蘇大明神の荒神、石君大将軍八葉の兜の中に出現のニ神は、熊野大神也と云える伝説によりて、社殿を建立せる処に、大鳥二羽来たり、神献すべき榊の枝を咥持ちて、東麓を指して飛び行き、洞窟の在る処に止まりたれば、その処に一社建立熊野穿戸社と崇め、南郷の総鎮守として祭祀し来たる。
穿戸岩の伝説から、困難なことにも風穴を通すという意味で、「合格・必勝」のご利益があるようです。
また御神木の「なぎ」は「凪」に通じることから、波風を沈めて、夫婦の縁が切れないというご利益があるようです。また縁を結んでくれることから「商売繁盛」にもご利益があるとか。
上色見熊野座神社 の 見どころ
ここから300メートルほどの石段の参道が始まります。最初に2対(4基)の狛犬がいます。写真は玉垣のすぐそばにあるこぶりな方の狛犬さんです。
上色見熊野座神社 の 例祭
7月18日
9月3日
アクセス・マップ