白川水源/白川吉見神社(南阿蘇村)

白川水源(南阿蘇村)

熊本県有数の水源である「白川水源」は「白川吉見神社」境内から年間を通じて14℃、60t/分トンの水が湧き出ており1985年(昭和60年)名水百選に選定されました。

白川の水源の1つであり白川水源付近を流れる河川は、「下の川」で、近辺の白川沿いには他にも多数の湧水があり、南阿蘇村湧水群として平成の名水百選に選定されている。

また南阿蘇村水の郷百選水の生まれる里として選定されている。

元禄時代の4代目藩主・細川綱利公(出水神社に祀られている)が参拝し、「当社には余が領地、養田の源神にて、その水恩広大なり、速やかに正殿を修造せよ」と郡代に指示し修繕させたという歴史も遺されている。

神社概要

御祭神:国龍大明神、罔象女命

祭礼日:7月22日

境内社:天満宮・子安観世音・馬頭観世音他

由緒:当神社は阿蘇神社の末社として、古代より水源の守護神として尊崇され、境内の中央から涌水する大泉流は、これより西方南郷谷及び菊池南部熊本飽託の肥後平野を潅流して幾千ヘクタールの水田を養い湧水池は肥後名勝の一つに数えられた。 元禄(1688~1703)14年6月第5代肥後藩主・細川綱利公が山狩の際参拝され 「当社は余が領地養田の源神で水恩広大である。速やかに社殿を修造せよ。」と郡代に命じ造営されたと言う。 この湧水は不老長寿・諸病退散の御清水として、昔から語り継がれ尊ばれている。 嘉永年間(1848~1853)細川韶邦公(後に初代熊本藩知事)又明治初年第14代護久公護美公が参拝され九曜紋章付きの社幕を奉納されたと云う。 現在の社殿は明治41年火災により炎上したため翌42年12月新たに造営竣工されたものである。又当神社内の社木も昭和21年の台風により樹齢数千年の老木数本が倒れ現在数となる。 明治初期熊本県が「白川県」と呼ばれたのも又地名の「白川」村名の「白水村」もこの境内の湧泉より名付けられたと言われています。

御選和歌集天暦9年(955)に次の一首あり

年ふれば     わが黒髪も白川の   水はくむまで老いにけるかな              

桧垣媼 この湧水は「不老長寿」「所病退散」の御神水として昔より語りつがれ尊ばれています。

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