前回の記事、 火の国 支配の変遷 ⑤「分割統治と、王から官僚への変貌」 では、磐井の乱ののち、強大だった火の国が五つの地域に分割され、ヤマトの管理下に置かれた全体像をお話ししました。

西暦528年の乱終結から、飛鳥時代の幕開けに至る約1世紀。文字のないこの時代の動向は、各地の古墳の規模や副葬品の変化という考古学的な証拠が雄弁に語ります。今回からは、分割された各エリアのリーダーである国造(くにのみやつこ)たちに個別にスポットを当て、彼らがどのように生き抜いたのかを深掘りします。

第一弾は、かつての火の国連合の盟主であり、本家としてのプライドを背負い続けた火国造(ひのくにのみやつこ)の物語です。

【凋落】 かつての王、その領地を削られる

火国造が支配したのは、現在の宇土半島から八代平野にかけてのエリアです。ここはかつて、火の国全体を統べた火君(ひのきみ)の本拠地でした。

しかし、ヤマトによる分割統治の結果、彼らの立場は一変します。それまで県北から阿蘇、天草、県南まで及んでいた広大な支配権をすべて剥奪され、自分たちの足元である中部・南部平野のみを治める一地方官へと格下げされたのです。

考古学的に見ると、この時期を境に宇土・八代エリアで築かれる古墳の規模が、周辺の国造(特に阿蘇や県北)と比べて相対的に落ち着いていく傾向が見て取れます。これは、彼らの経済力と動員力が、ヤマトの手によって物理的に制限されたことを物語っています。

【意地】 宇土半島に刻まれた「海の王」の記憶

領土を削られ、権威を分散させられても、火国造には譲れない一線がありました。それが、有明海から八代海へ続く海の支配権です。

彼らの本拠地である宇土半島の付け根付近には、この時期もなお、巨大な石障(せきしょう)を持つ装飾古墳が築かれ続けました。ヤマトから派遣された役人が常駐する屯倉(みやけ)がすぐ近くに置かれるという監視下にあっても、彼らは自分たちのルーツが海を自在に操る王であることを、古墳の壁画や構造によって主張し続けました。

政治的にはヤマトの忠実な管理職として振る舞いながら、祭祀や埋葬の場では、かつての火の国の正統な後継者であることを示す。この二面性こそが、本家・火国造が取ったしたたかな生存戦略でした。

【実務】 拠点港の管理と南への睨み

火国造がヤマトから与えられた実務的な役割は、非常に重いものでした。それは、八代海という内海を管理し、南の隼人に対する補給路を確保することです。

八代平野には、ヤマトへ納めるための特産品である塩や海産物を生産する部民(べみん)が組織され、火国造はその管理責任を負わされました。かつての王は、ヤマトの軍事・物流を支える現場責任者としての能力を証明し続けることで、一族の存続を図ったのです。

【次章へ】 阿蘇の神と、草原の軍団

本家である火国造が、平野部でヤマトのシステムに懸命に適応しようとしていた頃。東の山岳地帯では、全く異なる戦略で自らの権威を拡大させる一族がいました。火山という圧倒的な神を背負い、広大な草原で軍馬を育てる阿蘇のリーダーたちです。

次回、火の国 支配の変遷 ⑦「阿蘇国造・火山と名馬を握る聖域の主」へ続きます。

よくある質問

Q 火国造(ひのくにのみやつこ)とは、どのような存在でしたか?

A かつての火の国全体を治めていた火君(肥君)の直系にあたる一族です。分割統治後は、宇土や八代といった中部・南部の平野部を治める担当者に限定されました。

Q 領土を大幅に減らされた火国造は、どのように生き残りましたか?

A ヤマトの物流拠点である八代海の管理や、物資の生産管理という実務的な役割を完璧にこなすことで、ヤマト政権内での信頼を勝ち取り、一族の地位を維持しました。

Q 火国造の拠点であった証拠はどこに残っていますか?

A 宇土半島の付け根付近や八代平野に残る、巨大な石障や装飾を持つ古墳群です。これらは、政治的な力は制限されても、依然として高い技術と祭祀の伝統を持っていたことを示しています。

火の国 支配の変遷

かつて強大な独立国だった火の国は、どのようにしてヤマトの支配下へと組み込まれていったのか。その激動の歴史を振り返ります。

黎明・独立国の誇り 卑弥呼とも対等に渡り合った軍事大国「狗奴国」の時代。

黄金の提携期 ヤマト王権との同盟。北の筑紫を牽制する西の守護神としての時代。

二つの太陽と、南からの風 ヤマトの変質と筑紫の台頭。動くに動けない冷戦の時代。

決断と代償・支配の受け入れ 磐井の乱での苦渋の決断。生き残りの代償として屯倉を受け入れた転換点。

分割統治と、王から官僚への変貌 五つの国造への解体。任命制の管理職へと変質させられた時代。

群雄割拠する国造たち・本家火国造の苦悩 実務家へと変貌し、ヤマトの物流を支えることで家名を繋いだ本家の生存戦略。

群雄割拠する国造たち・阿蘇国造 宗教的権威と軍馬を武器に、聖域の主として独立を保った阿蘇氏の戦略。

群雄割拠する国造たち・県北のリーダーたち 筑紫の磐井という脅威に最も近い最前線で、ヤマトと結びつき産業を独占した県北豪族の知略。

群雄割拠する国造たち・葦北と天草 ヤマトから「直」という称号を得て、火の国連合からの自立と生存を選んだ南部のプロたちの物語。

肥後国の誕生と、古代王国の終焉 律令・神話・仏教というシステムにより、火の国のアイデンティティが「肥後国」へと塗りつぶされた完結編。