前回は、北の怪物・磐井(筑紫)と、東の覇者・ヤマト、そして南の脅威に挟まれ、身動きが取れなくなった火の国のジレンマについてお話ししました。

527年、ついに均衡は破れます。 古代史最大の内乱「磐井の乱」の勃発です。 今回は、極限状態で火の国が下した冷徹な決断と、生き残るために支払った巨大な代償について語ります。それは、かつて誇った独立を失う物語でもありました。

【開戦】 膠着する戦線、粘る磐井

戦いの火蓋は切られましたが、戦況は予想外の展開を見せます。 ヤマトの圧勝とはならなかったのです。

磐井率いる筑紫軍は強大でした。 ホームグラウンドの地理を知り尽くし、友好国・新羅からの支援もあった彼らは、ヤマトの大軍を相手に一歩も引かず、戦いは一年以上も膠着(こうちゃく)しました。

この時、火の国に焦りが生まれます。 「このままではマズい」 戦場がすぐ北にある火の国にとって、長期戦は物流の停止と経済的な死を意味します。 また、もしヤマトが負ければ、次は自分たちが筑紫に飲み込まれるかもしれない。 情か実利か。火の国のリーダーたちは、生き残るための計算を始めました。

【決断】 友を撃つ「背後からの手」

そして、歴史が動きます。 火の国は、北の盟友・磐井への援軍を出しませんでした。それどころか、ヤマト軍への協力(補給や進路の提供、あるいは南からの軍事圧力)を選択したのです。

北から攻めるヤマト軍と、南から退路を断つ火の国。 挟み撃ちの形になった筑紫軍はついに崩壊し、磐井は御井(みい・現在の久留米市付近)で討たれました。

火の国は勝者側につきました。しかし、戦後に待っていたのは祝杯ではありません。 ヤマト王権の目は笑っていなかったのです。 「勝たせてやったのだから、相応の誠意を見せてもらおうか」

【代償】 「屯倉(みやけ)」という名の楔(くさび)

乱の鎮圧後、ヤマト王権は火の国に対して、ある要求を突きつけます。 それが屯倉(みやけ)の設置です。

筑紫の糟屋(かすや)屯倉などが有名ですが、火の国にも春日屯倉(現在の熊本市西区付近とされる)などが置かれました。これが、火の国が支払った生存の代償でした。

教科書では直轄地や倉庫と書かれる屯倉ですが、現代風に翻訳すると大使館 兼 軍事基地 兼 税務署のような複合施設です。

  1. 直轄の領土:そこはもう火の国の王の土地ではなく、ヤマト大王の私有地。
  2. 物資の備蓄(倉庫):地元の農民から強制的に米や武器を集め、ヤマトのために備蓄する。
  3. 監視役の駐在:中央から派遣された役人が常駐し、地元の政治を監視する。

つまり、屯倉を受け入れるということは、自分の家の敷地内に、本社の支店(監視付き)を建てられ、売上の一部を直接吸い上げられることを意味します。 火の国(火君)は、これを拒否できませんでした。拒否すれば、次は自分たちが第二の磐井として討伐されるからです。

【結末】 「王国」の終焉、支配の受け入れ

この瞬間をもって、火の国 支配の変遷 ①その曙の時代から続いた火の国の性質は完全に変わりました。

かつてはヤマトと対等に近い同盟国(王国)であり、王(君)は独自の権限を持っていました。 しかし、屯倉というヤマトの出先機関が国内にねじ込まれたことで、火の国はヤマト政権下の一つの地方へと組み込まれていったのです。

火君は一族もろとも滅ぼされることはなく、豪族としての地位は保たれました。しかし、それはもはや独立した王ではなく、ヤマトから任命された知事に近い存在です。

プライド(独立性)を捨てて、実利(家と民の存続)を取った。 それが、乱世を生き抜いた火の国の、ほろ苦い最終決断でした。

しかし、ヤマトの支配はここで終わりません。 あまりに強大な力を持つ火の国を恐れたヤマトは、さらに巧妙な分割統治へと乗り出します。

次回、火の国 支配の変遷 ⑤「分割統治と『肥後』の誕生」へ続きます。

火の国 支配の変遷

かつて強大な独立国だった火の国は、どのようにしてヤマトの支配下へと組み込まれていったのか。その激動の歴史を振り返ります。

黎明・独立国の誇り 卑弥呼とも対等に渡り合った軍事大国「狗奴国」の時代。

黄金の提携期 ヤマト王権との同盟。北の筑紫を牽制する西の守護神としての時代。

二つの太陽と、南からの風 ヤマトの変質と筑紫の台頭。動くに動けない冷戦の時代。

決断と代償・支配の受け入れ 磐井の乱での苦渋の決断。生き残りの代償として屯倉を受け入れた転換点。

分割統治と、王から官僚への変貌 五つの国造への解体。任命制の管理職へと変質させられた時代。

群雄割拠する国造たち・本家火国造の苦悩 実務家へと変貌し、ヤマトの物流を支えることで家名を繋いだ本家の生存戦略。

群雄割拠する国造たち・阿蘇国造 宗教的権威と軍馬を武器に、聖域の主として独立を保った阿蘇氏の戦略。

群雄割拠する国造たち・県北のリーダーたち 筑紫の磐井という脅威に最も近い最前線で、ヤマトと結びつき産業を独占した県北豪族の知略。

群雄割拠する国造たち・葦北と天草 ヤマトから「直」という称号を得て、火の国連合からの自立と生存を選んだ南部のプロたちの物語。

肥後国の誕生と、古代王国の終焉 律令・神話・仏教というシステムにより、火の国のアイデンティティが「肥後国」へと塗りつぶされた完結編。