隼鷹天満宮・的石御茶屋跡(阿蘇市的石)

隼鷹天満宮・的石御茶屋跡

Hayataka Tenmangu - Matishi Break Station

後輩に素敵な神社はないかと尋ねられ、隼鷹天満宮を紹介したところとても喜んでもらえた。
もはや神社ソムリエを自称するしかないと思う今日この頃。
私自身、まだ一度しか参拝できていませんが、火山と水を感じることができる素敵な神社。

阿蘇の北外輪山の南麓の豊後街道沿いにご鎮座。
静かな田園地帯に轟く湧水の音に癒やされながら参拝できるとても素敵な神社。
また傍らに参勤交代で細川家の休憩所となっていた的石御茶屋。

早朝、朝靄の中参拝するとその幻想的な境内の風景に魅了される。
御茶屋主は当代もしっかり隼鷹天満宮を守っている。

阿蘇大明神(健磐龍命)が弓矢の稽古をしたと言われる「的石」が、この地名の由来なんだぜ!

隼鷹(じゅんよう)といえば大日本帝国海軍の空母を思い出す人もいるかもね。
でもこちらの隼鷹は「はやたか」と読むのでご注意あれ。

隼鷹天満宮・的石御茶屋跡 の概要

こちらの案内板には次のように書かれている。

隼鷹天満宮

肥後藩主、 細川綱利公 (1661年~1712年) が参勤 交代のため船で江戸に向かっている時、天候が悪 化し激しい波に船が呑まれようとした。 その時、 一羽の白鷹がどこからともなく船柱に飛んできた。
すると荒れ狂う波はたちまち静まり、つつがなく 渡航を終えて無事に上陸することができた。

藩主その夜、旅宿で白鷹は的石天満宮の現化 (神仏などが形を変えてこの世に現れること。) との神諭を夢見、その霊験のあらたかなるを感じ、京都で社殿建立を命ぜられた。昔は境内に茶房まで置かれたが、今はその面影をわずかに残しているだけである。
本殿にある絵馬は享保元年(1716年) 12月に国主であっ た細川宣紀公が奉納した。
同じく鶴の額は天保13年 (1842 年) 11月25日に細川斉護公により奉納されたものである。
祭日は11月25日であったが、現在的石地区では総ての祭日を11月23日に統一して行っている。

的石御茶屋跡

的石御茶屋跡 は、 豊後街道沿いに設けられた御茶屋跡で、街道の中でも難所とされる二重の峠を越え、阿蘇に入るときの峠下にある藩主専用の休憩所として用いられてきた場所であります。ここは旅の疲れを癒すかのように周辺の山々から湧く豊富な湧水があり、御茶屋当時の面影を色濃く残しています。この湧水は、現在も生活用水や農業用水として利用されており、阿蘇の歴史的背景と農業や地域の生活を培ってきた重要な場所として位置づけられています。ここでは、これらを学び今に伝える場所として保全・活用し、地域間や都市と農村の交流を促進することを目的としています。

隼鷹天満宮・的石御茶屋跡 ギャラリー

一之鳥居と参道

一之鳥居は新しく奉納されてたもの、参道には湧水の流れる音が響き渡る。
神聖な気持ちが高まる。

参道脇には小糸家の高野槇という巨木があり、幹周約3.1m樹高約35m、推定樹齢約300年ともいわれる、細川綱利公お手植え伝えられる、町指定天然記念物がある。

湧水池

参道脇には湧水池とそこから勢いよく流れ出す小川が参拝者の心を清めてくれます。

写真は7月末の早朝。7時前だったかと思う。水面に立ち込める靄がなんとも言えない爽やかな気持ちにしてくれます。
参道も境内も植木も手入れが行き届いてます。
後輩が参拝したときに当代の小糸氏とお話をする幸運に恵まれたようで、毎月関係者や氏子さんで清掃活動をなさっているとか。
地元の方からはとても大事にされている神社なんですね。

境内

二之鳥居も台輪付きの明神鳥居なんだけど、色味が渋い感じです。
隼鷹の名の通り、猛禽類の雰囲気を感じるのは私だけ?

石碑には隼鷹天満宮鳥居再建と文字が刻まれている。

宗不早の歌碑

隼鷹の 宮居の神は 藪なかの
石の破片にて おはしけるかも

宗不早は熊本が生んだ孤高の放浪歌人として知られているが、ココにいつどういう経緯で訪問したのかご存じの方はぜひ教えて下さい。
浅学非才のわたしには歌の意味もよくわかりません。

狛犬

昭和初期だったと記憶してます。
この狛犬が奉納されたのは。
狛犬さんの台座には満州渡航記念・山内熊七と彫られている。

拝殿・本殿

拝殿・本殿ともに改修がなされているようだった。
拝殿の中には畳が敷き詰められており、神事などが中で行われるようだ。

本殿は横から玉垣越しに除くことしかできなかったが、慎ましい中にも厳かな神威を感じる造りとなっていました。

隼鷹天満宮 御祭神

菅原道真公

年中行事

祭礼日:11月23日

隼鷹天満宮・的石御茶屋跡 へのアクセス

〒869-2237 熊本県阿蘇市的石

駐車場:2〜3台駐車可能

トイレもあるし、自転車置き場もあったはず