往生院

800年の歴史を刻む、往生院
熊本市西区池田にある浄土宗の寺院、往生院。その歴史は古く、1228年、法然上人の弟子である弁長が白川に白川山往生院を開山したのが始まりとされています。その後、幾度かの移転を経て、現在の地に落ち着きました。

参拝した時は熊本地震が原因だろう、山門の姿はなかった

往生院へのアクセス

  • 交通
    熊本都市バス・産交バス 往生院前 至近
  • 所在地
    熊本県熊本市西区池田1-2-50
  • 駐車場

往生院について

西南戦争の際には、薩軍熊本隊の本営となりました。本堂や山門には、当時の銃弾の跡が残っており、その激戦の様子を物語っています。

境内には、僧・放牛が亡き父を供養するために建立した石仏のうち、100体目の大きめの石仏もあります。放牛の石仏と呼ばれている。

往生院の見どころ

開基弁長の墓: 往生院の開祖である弁長の墓が、静かに佇んでいます。奥山静叔の墓: 熊本洋医学の振興に努めた奥山静叔の墓も、この地にあります。正清院供養塔: 徳川家康の八女である正清院の供養塔も、往生院に建てられています。

神社の沿革

年月出来事
1228年(安貞2年)開山
1724(享保9年)現在地に映る
1877年(明治10年)西南戦争・薩軍熊本隊本営となる