400年前に加藤清正が作らせた、電気を使わない「自動掃除水路」を紹介する。
大津町の上井手もすごいんだけど、馬場楠井手の鼻ぐりは、阿蘇の火山灰が水路の底に沈殿・堆積しないように「鼻ぐり」の構造で、渦を発生させている。つまりメンテナンスのこともよく考えているのだ。これは驚くべきことだよ。
鼻ぐり井手 は平成30年8月13日(月曜日)にカナダのサスカトゥーンで開催された第69回国際執行理事会で、「世界かんがい施設遺産」に「白川流域かんがい用水群」として登録された。
菊陽町馬場楠の白川取水口から熊本市の東海学園前駅近くまで続く約12.4kmの農業用水路。
ちなみに、水量も一定しているので、氾濫もしないらしい。
馬場楠井手 鼻ぐり井手 の概要




現在でも多くの田畑に水を供給。白川の南側に広がる「白水台地」は、川が流れる場所より一段高い土地。ポンプや機械がない当時、その水を利用してお米や野菜を栽培することが困難だった。
そこで清正公の命令によって上流から人工的に水路を掘って新田開発を計画。水路工事が完成すると9か村(当時)、約95町(約95ヘクタール)にもおよぶ農地に水が行き渡り、それまでの約3倍の収穫量をあげた。(「勝国治水遺」鹿子木量平著)造られた当時の記録は残されていないが、加藤清正の肥後統治時代(慶長13年(1608)ごろ)に築造されたと伝えられる。その後、鹿子木量平(1753-1841)の著書により、馬場楠井手築造に関する時代や鼻ぐりの構造の通説が広まった。
鹿子木量平って人は八代干拓を指導した方でこの方も八代で神様になっています。貝洲加藤神社とかにもその歴史が残っています。
ヨナが溜まらない構造がすごい
阿蘇の火山灰は「ヨナ」と呼ばれており、用水路の底に沈殿・堆積して流れを悪くする。そこで考えられた「鼻ぐり構造」は自然発生する渦がヨナを流してくれるので、通常は数年に一度ヨナを汲み出す作業が必要だった住民の負担が無くなった。これは感嘆すべきでしょう。またこのトンネル状に工事する労働力の負担を削減する目的もあったとか。
馬場楠井手の鼻ぐり
| 年月・時期 | 出来事 |
|---|---|
| 慶長13年(1608年)頃 | 加藤清正の命により、白川から水を引いて乾いた大地を潤すための「馬場楠井手」の開削工事が始まる。 |
| 同上(完成時) | 阿蘇の火山灰(ヨナ)による水路の泥溜まりを防ぐため、岩盤をくり抜いた革新的な「鼻ぐり遺構(当初は約80個)」が完成。周囲の大規模な開墾・美田化が一気に進む。 |
| 江戸時代(細川藩政期) | 肥後藩の極めて重要な農業インフラとして、加藤家から引き継いだ細川家のもとでも大切にメンテナンスされ、地域の暮らしを支え続ける。 |
| 昭和〜平成期 | 近代の道路建設や度重なる水害などにより一部の穴が失われつつも、先人の知恵を伝える貴重な文化的財産として保護の機運が高まる。 |
| 平成15年(2003年)頃 | 遺構の周辺が「鼻ぐり岩穴公園」としてきれいに整備され、展望デッキなどから安全にユニークな穴の構造を見学できるようになる。 |
| 現在 | 世界的にも類を見ない、電気を使わない「400年前の自動掃除水路(24個の鼻ぐりが現存)」として、多くの観光客や歴史ファン、土木ファンが訪れるスポットとなっている。 |
住所:〒869-1106 熊本県菊池郡菊陽町曲手 曲手から辛川
