松江城(八代城)/八代城址公園/八代宮

松江城の石垣(八代城址群)
松江城の石垣

現在、八代城と呼ばれているのは江戸時代初期に幕府の許可を得て建築されたことから松江城と呼ばれていたそうです。

近隣には南北朝時代の古麓城と安土桃山時代の麦島城と併せて八代城跡群として、国の史跡に指定されているそうです。

城跡というだけではなく、明治13年には八代宮が勧請されたり、城址公園として地元の方や観光客に親しまれている場所です。

近隣には、博物館松浜軒などのお散歩コースにも恵まれた場所です。

私が訪問したときは、八代港に寄港したクルーズ船の観光客が大挙して賑わってました。(平成31年4月26日にはクリーンエリザベス号も寄港)

熊本地震後だったので、その影響下ブルーシートなどの痛々しい箇所もありました。

松江城

日常的には八代城って読んじゃいますよね。このお城は珍しく江戸時代に建てられています。

一国一城の制度の例外で、なんだか知らんけど加藤清正は熊本城と麦島城は存続を許されたのだが、元和五年になると大地震(平成28年熊本地震と似たタイプ)で麦島城は倒壊した。

城代は、加藤正方。加藤家の重心の一人。

にもかかわらず、加藤清正の息子忠広に松江城の築城を許したのは、島津という驚異と捉えていたことが原因のようだ。調べてみると未完のママだったようです。理由を考えると面白い。

細川家が肥後藩主となった後は、まず忠興(三斎)が幕府の命令で入城しているので、何事かあったんでしょうか、気になるところです。

その後、細川光尚(二代藩主)が筆頭家老の松井興長を城主とし、松井氏の文化が花開くことになる。

八代宮

征西将軍懐良親王を御祭神として祀る神社で、明治13年に太政官により創立が命じられた。地元から何度かの請願があったらしい。地元では旧来より「将軍さん」の愛称で親しまれていたからです。建武中興十五社の一社。

アクセス

〒866-0862 熊本県八代市松江城町7−34

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