西南の役 谷村計介戦死之碑(熊本市)

田原坂で戦士した陸軍伍長の「谷村計介」。

西南の役 谷村計介戦死之碑

谷村の功績を簡単に言えば、熊本鎮台が籠城する熊本城から高瀬川(玉名市)を南下してくる第1旅団本部に熊本城はまだまだ陥落しないことを伝えるために、薩軍に捕まったり、官軍に密偵間違われながら、その任務を果たした若者です。

伍長という階級からもわかると思いますが、年齢は23歳。

熊本鎮台司令長官の谷干城の命を受けて、明治十年2月26日熊本城を脱出。途中で百姓姿に返送して、本妙寺で薩軍に捕まり脱走。そして、吉次峠佐々友房の隊に捕まるも、ここも脱出。

ようやく、第一旅団本部に到着するが、薩軍の密偵と間違われて捕縛され、誤解を説いて、野津鎮雄少将に状況報告した。

その後、熊本城に戻る途中で、銃弾に倒れたそうですが、太宰治の「走れメロス」よりも凄まじい実話ですよね。

自分が知っている範囲では、戦国時代・長篠の戦いの前夜の鳥居強右衛門の話を思い出します。

施設概要

住所:〒861-0163 熊本県熊本市北区植木町豊岡