(終了)【感想】坂口恭平日記 - 熊本市現代美術館(記者発表)
(終了)坂口恭平さんの、2年9か月におよぶ日記的制作の軌跡を展示した個展が熊本市現代美術館で開催されている。 700点という膨大な数の、パステルで描かれた作品。一部の作品はすでに人の手に渡っており、この展示にあたって全国各地から集められたものだ。
記者発表ツアーでは、現代美術館の学芸員の方と坂口さんご本人による丁寧な解説で、この壮大な展示に至った経緯が軽妙に語られ引き込まれるばかりだった。 学芸員と作家が日常的に関わりながら積み上げていった展示だ。公的美術館でこの個展を開催する特殊性や新しさや挑戦的試みも、温かな人間関係が大きな骨組みになっている。
展示は時系列に沿ってなされているのも面白い。坂口さんの日常に目にした風景が淡々と切りとられ、端正な画面に映しとられている。 誰もが見ている風景、いつかどこかで目にした光景。時間。何気ないが美しい。
熊本に住む人なら知っている風景も多い。あぁ、この道は…と自然と記憶を探ってしまう。 ごく個人的なメランコリーを引き摺り出されそうになる。
坂口さんは「水辺を気楽に散歩するように」展示を見にきてほしいと仰っていた。 江津湖の風景の作品はまさにそんな感覚になった。 海や江津湖の水の表現は、展示の後半になるにつれ洗練されていき「見る」を超えて迫ってくる。 精神世界に踏み入るような抽象作品もある。 パステル象嵌と名付けられた小気味よいコラージュ作品群もすこぶるチャーミングだった。 坂口恭平さんの心の波とともに、沢山の作品がさまざまな表現でこぼれ落ちていく。 展示会場の最後の空間には、坂口さんのアトリエが再現されている。作家がつくる現場を体感できるのも楽しい。 まさに広い水辺の公園に散歩に行くように、何度も足を運びたくなる。 坂口恭平というひとりの稀有な人の目と手を通して広がる風景が、街中の美術館にある。不思議で自然な空間だった。
会期中、多くのひとにこの体験をしてほしい。 あの風景を見に、私はまた会場に足を運ぶだろう。会期が終われば、散歩の道すがら探すことにする。