花岡山と花岡山公園(熊本市西区)

花岡山(標高132m)の頂上にある花岡山公園熊本城や熊本市街を一望できる公園です。
特に夜景スポットとして、お花見スポットとして熊本市民に知られており、特に夜景はデートコースとしても有名。にもかかわらず訪問したことはないのできっかけをくれた「今日どこさん行くと?(作・鹿子木灯 先生)」には大感謝です。

歩くと魅力がいっぱい

熊本駅そばにあり、徒歩でも登れるようになってます。
近隣の北岡神社や北岡自然公園と一緒に散策すると自然と歴史文化を楽しめるかもしれません。

歴史を紐解く

明治2年(1869年)に桜が植樹され「花岡山」と呼ばれるようになったが、昔は旭山・勢高山とよばれており、天元2年(979年)に祇園神社(現・北岡神社)が鎮座してからは祇園山と呼ばれていたそうです。
祇園山・祇園神社からもわかるように、京風の社寺が多く創建されます。清水寺・春日でらなどが代表格です。どうやら平安時代のどっかのタイミングで、国府(国府電停あたり)から二本木に移されたらしく、この一帯が九州の行政の中心地となったらしいです。
清少納言の父・清原元輔も国司(地方官)として肥後国に赴任したそうです。

仏舎利塔

仏舎利塔:花岡山

花岡山を目指すなら必ず目に入る仏舎利。熊本駅から、新幹線から、色んな所から見えるこの仏舎利塔が花岡山のシンボル(と個人的には思ってる)。昭和28年(1953年)に完成したもので、仏舎利はインドジャワハラール・ネリー首相、尖塔のコタはスリランカコテラ・クラ首相からの贈られたものという。どうやら世界平和を祈願しているようです。

熊本バンド結成の碑

熊本バンド・奉教之碑
明治9年にL.L.ジェーンズジェーンズ邸の人ね)の教えを受けた、熊本洋学校の生徒34名が自主的に奉教趣意書に署名し、プロテスタント・キリスト教に改宗したのがこの地。「熊本バンド」の発祥の地となりました。

兜岩・腰掛岩・鐘掛松跡

熊本城に使用する石をこの山から切り出していたのですが、加藤清正は自ら陣頭指揮を執っていたそうで、休憩する際に兜を掛け、腰を掛けて、合図の鐘を掛けたことからそのように呼ばれているといいます。
鐘掛松跡の写真だけありません。松そのものは枯死してしまったそうです。
公園の案内板では、兜岩と腰掛岩は別々に紹介されていたけど、ウィキペディア等では一括りに紹介されててなんとも言えませんが・・・・

フィリピン戦没者慰霊碑奉賛会

あまり詳しいことはわかりませんが、大東亜戦争中・フィリピンでお亡くなりになった方の慰霊碑もありました。昭和42年12月に派遣された遺骨収集団がこの場所で慰霊を行ない、実態4147柱・少路町遺骨52万余柱を収集したそうです。この事業を記念しているのだそうです。詳しくは上記案内板をご覧ください。

阿蘇家家臣之墓(花岡山)

阿蘇家家臣之墓(花岡山)
いわゆる阿蘇殿松(阿蘇惟光自刃)と何か関係があるのでしょうか?現在調査中。(Twitterで質問したら答えてくれそうな方が沢山おられる)

乳水

花岡山の車ルートの途中にあります。要するに湧き水なんですが、乳の出がよくなるというご利益で多くの方が水汲みに訪れるそうです。(日曜日のお昼に誰もいなかったけど・・・)

関連情報

一緒に熊本を応援する?